せきらら

私は人が好きです。特に女性が。と言ってもセクシャルな意味ではありません、念のため。

と、この話をする前に、、、

私は結婚してリラクや占いの仕事をするまで「自分の中には何もない、何もできない人間」だと思い込んでいました。幼少期から無気力で無関心で心配や恐怖の塊でつまらない人間でした。※今でも心配性や不安症そして時々ヒステリックです。

寂しがり屋で依存心が強いためいつも「私を好きでいてくれる人」を探していました。でも中身がないので「『一緒にいても楽しくない』と彼氏にも友人にも周りの人にも思われるのではないだろうか?」ということに怯えながら生きてきました。で、「なぜ中身のない生きにくさを抱えているのだろうか?」という謎を解くため、ユタやヒーラーや占い師の所に行きました。自分で自分を褒めることはできないので「こんなって言われたってば~(笑)」と自分を客観視しながら長所を探しては自分の中に少しずつ集めてきました。

もっと普通に「自分は自分でいい」と思えたらよかったのでしょうが、素直に純粋に母親の言うことを信じてしまったことが事の始まりでした。今なら母親の間違いを指摘したり自分の意見を言うこともできますが、幼少期は一方的にヒステリックに叱られまくりショッキングな言葉を浴びせられ、父親は「仕事」と言って不在や逃げてばかりで、家ではいつも一人寂しく、親が休みで家にいる時は文句を言われ居心地が悪く、とうとう「自分は何もできないダメな人間と思う事」が自分の軸となり、それ以外のことがわからなくなってしまいました。で、そんな私がかろうじて結婚して子供ができて、、、となり、でもそれはそれで不平や不満ばかりが噴出し、ある日母親と同じようにヒステリックに子供を怒鳴りつける自分にハッとして、いくつもの心療内科を受診してみましたが「通院も治療も必要ない」と言われました。でもある時期、私は確かにヒーラーや占い師やカウンセラーの皆さまに優しくしてもらい、支えてもらい、励ましてもらい、自分の話を聞いてもらい、その経験が元となり今の仕事をしている、という典型的なセラピストあるあるのストライクゾーンにいる人間です。

自分の中から湧いて出てくる「生きることで生じる苦しみ」から私を救ってくれたのはタイ古式マッサージでした。タイ古式に出会って以来、考え方が変わり、ヒステリーもおさまり、家族の仲介役というポジションを獲得。でも、私自身が過去に「この仕事をしてきた」というキャリアはまったくなく、そこがコンプレックスと言えばそうなりますが、ご予約でさまざまな職種やライフスタイルのお客様にお会いしてお話を聞かせてもらい「素敵だな」と心からそう思いながら私も仕事をやらせていただいております。

私もお客様のようになりたいなぁとかなれたかもしれないなぁと思えるので、女性の方の接客が好きです。

話は前後していますが、私の性格や気質は元々持っている又は備わっているものと両親や養育の環境の影響が合わさっていますが、それはそれで私の一部で過去の経験があったからこそという「ならではの部分」も沢山もらったのでよかったのですが、もっと自分で自分を認めることができていたなら、意欲的に学業にも取り組めただろうし、なりたい職業や、やりたいこともあっただろうし、できたただろうなぁと思ったりします。

なので、という訳ではありませんが、自分の子供たちは観察つきで野放し状態です(笑)。長女には知性と理性が備わっていて、長男には枠にとらわれない自由さがあり、次男には自分の意志を貫く強さがあります。

繊細さ、純粋さ、素直さ、感受性の強さ、人見知り、警戒心、怒り、不平、不満、不機嫌、疑念など、それらすべてが洞察力や直観力となり、今の占いの仕事に生かされています。

昨日タイ古式レッスンで久しぶりに自分の幼少期のことを思い出したのでブログにも書いてみました。