風と彼女のストーリー

「母親の呪縛」

母と食事をすると必ずこじれる。家族の誰かが母のついた小さなウソや自分を正当化しようとするその態度に激怒して宴の途中で帰ってしまう。昨日も例外なくそうだった。

母は自分の話を一方的にペラペラとしゃべりまくる。

「ばあちゃんと会うとこれだから嫌なんだよ」

孫たちが白けた顔、呆れた顔をしていることにも気がつかない。

私は昔から母の愚痴や不平不満や誰かの悪口や批判を聞いて育ってきたので、そういう話をすることが会話だと思っていた。母は気分屋で感情の起伏が激しく、私はいつも彼女の罵声を浴びて育ってきた。あと、、、成績優秀な兄や姉とよく比較された。

「お兄ちゃんは優秀なのになんであんたはバカなの?お姉ちゃんは賞状をもらってきたのになんであんたは何もできないの?」

部屋が汚い、服が脱ぎ捨てられている、お菓子の食べカスが落ちている。それらはすべて私のせいで、私が叱られていても兄も姉も知らん顔だった。私も私で怒鳴られるくらいなら片づければいいのに、なぜだかその気力がいつもなかった。

「何度言ってもわからないなんて、あんたは病気、しかも精神の異常よ」

本当は人には言えないくらいもっとひどいことも言われたが、いつの間にか母の言葉が私の中で響かなくなり、どこで、誰の前で罵られても無反応になった。私は無気力、無感情、無表情な子供となった。

母親に叱られてもボーっとするだけなのに、友達や先生や他の大人に対しては非常に敏感だった。母に嫌われていると思い込んでいたせいか、せめて他の人には嫌われないよう、相手の顔色をうかがい必死に空気を読んで先回りして生きてきた。人といるとそういうことに神経を使うので私は1人を好んだ。

「あんたは何を考えているのかわからない、育てにくい子」

母はよく周りにぼやいていた。

私自身も長い間自分で自分のことがよくわからなかった。

何が好きで何ができるのか?自分を知らないまま、自分不在のまま生きてきた。

父は仕事を口実にいつも留守でいつも不在だった。母は父の関心が自分に向かない不満を子供たちにぶつけていた。父は母から逃げることができるけど、私達に逃げ場はなかった。

大人になって結婚し家族を持つと今までの母や兄弟との関係が少しずつ見えてきた。

「私は単に母親の不満を解消するための的だったのだ」

ようやく母親の呪縛から解放され、イチイチ真面目に純粋に母の言うことに反応し、傷つくようなこともなくなった。その感覚は幼少期の自分を守るための自己防衛としてすべてをシャットアウトした「無の感覚」ではない。

「私と母は違う」

ただそれだけを感じていれば、彼女のエネルギーに私が消耗することもなければ、私のエネルギーを彼女に与える必要もない。

やれやれ、逆上した姉は大丈夫だろうか。いつものこととは言え、今回はちょっとひどかったな。

「私はそんなに悪い母親なの?あなた達のためにこんなにやってきたのに。年老いた母親に対してあの態度は何?」

何かこじれると母は最後に必ずこのセリフを吐く。この言葉が出る度に私も姉も兄も「そうだ、○○○させてもらった、高い学費も払ってもらった」などということを思い出し、自分の考えを改め(させられて)、思いを封じてきた。要するに自分達のために何かをしてくれた母親の支配に服従してきたのだ。

母親は幼稚で自己愛傾向が強い。これは兄弟共通の認識で「あの人と会う時間は時給で換算している」と言って姉は何か手伝いをする度に母親より報酬を得ている。兄は父親に習い「なるべく関わらない」という対策を講じている。

とまぁ、私達兄弟は幼い頃から母親に振り回されているが、これからも3人で分担しながら関わっていくだろう。腹が立つのは私達に母親を押しつけている父親だ。与えても与えても求められ続ける関係に疲れてしまったのだろうと同情もするけど

「母親だからお前達が面倒をみるのは当たり前だ」という父親の価値観や決め台詞が許せない。

「あれ?昨日の食事会のグチがいつの間には変な話になってしまいましたね。何でこんな話をしたのかな?今度は叔母(母の妹)も連れてきます。あの人も母に振り回されて疲れてますから、、、。」