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風と彼女のストーリー

「彼女の幸せ、母親の幸せ」

「ダンスのインストラクターになりたかったんですけど、首を痛めてしまい、今はもう練習もできなくなりました」

「『ダンスなんかでは食えないから体育の先生になりなさい』と勧めているのですが、なかなか言うことを聞いてくれなくて、、、」

彼女はいつも母親と一緒だった。

「時間かかるのでお買い物に行かれてもいいですよ」

「いえ、ここで待っています」

息子さんや娘さんを連れてきて下さる場合、ほとんどのお母さんは「後でまた、、、」と言って彼らの時間を尊重してくれる。その方が私も波動を読み取りやすいし、気軽に話もしやすい(親に言えないこともあったりする)のだが、彼女の場合は常に母親がガードやらブロックやらをして娘から離れなかった。

「身体を動かすことが好きなので、ダンサーがダメならスポーツクラブで働きたいんです」

「おっ、いいですね~」

「ダメよ、そんな仕事若いウチしかできないんだから」

母親は私たちの会話によく割り込んできた。

「先生、娘の様子はどうですか?あと何回くらい受けたら娘は良くなりますか?」

「私は先生ではありませんし、タイ古式ではよくなりません。タイ古式は治療や療養の合間に受ける気ばらしや気分転換で直接的な影響はないんですよ~」

「、、、、」

そんなやりとりが数回続き、3人でお茶を飲んでいる時、私は質問してみた。

私「いつもお母さんと一緒なんですか?」

娘さん「はい、駐車場では父も待っています」

私「え!そうだったの??」

娘さん「私は両親がいないと何もできないみたいで、、、私の言うことは間違っているみたいなので、、、このままずっと両親といようと思います」

母親「何言ってるの!?早く首もウツも治してちゃんとした生活をしなきゃ。私達は歳なんだし、安定した仕事に就いていい人と結婚して私達を安心させて欲しいのよ。そのためにできることは何でもしているじゃない!」

娘さんは無表情のまま、黙っていた。

それ以来、母親から連絡は来なくなった。

タイ古式マッサージは必要としている人にのみ、受け取ることができる技。

彼女は何もできないのではない。ただ、自分のことを認めてもらえず、応援してもらえない状態に疲れてしまったのだ。口下手で自分のことを話すのが苦手な「3」のナンバーの彼女にとって、ダンスは自己を表現するツール。

幸せとは何か?

それぞれの幸せが何かということがわかるまで、いえ、わからないままでもタイ古式マッサージは寄り添う。タイ古式の中に残るお釈迦様の深い慈悲の心を感じる。